ILLUSTRATION CONTEST 2024
コラム
ポケモンカードゲームのイラスト制作の裏側
「1枚のイラストが出来るまで」(Part 1)
ポケモンカードゲームのイラストを数多く手がける古澤あつし氏に、「ウインディ」のカードイラストの制作過程を解説していただきつつ、イラスト制作にかける想いや手法をお聞きしました。
古澤 あつし
イラストレーター。2021年よりポケモンカードゲームのイラストを手がける。「第1回ポケモンカードゲーム イラストグランプリ」に応募。ゲームソフト『Pokémon LEGENDS アルセウス』および『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』の早期購入特典カードのイラストを担当。そのほか多くのゲームタイトルで活躍中。プリミティブな形状のポケモンが好きで、イチオシはコイル。
「ウインディ」 Illus. Atsushi Furusawa
ポケモンカードゲーム スカーレット&バイオレット 強化拡張パック「ポケモンカード151」 収録
ポケモンのイラストを描くときに心がけていること
―――ポケモンカードゲームのポケモンのイラストを描く際、最も心がけていることを教えてください。
古澤あつし(以下、古澤):ポケモンのイラストを描くときは、ユーザーの皆さまに、そのポケモンの新たな魅力に気づいていただけることを心がけています。「こんなに可愛かったっけ!?」とか「こんなにカッコよかったっけ!?」などと感じていただけたら、とてもうれしく思います。
STEP1. 下調べ
―――古澤さんの下調べの方法を具体的に教えてください。ポケモンのイラストを描く前に、どのようなリサーチをどのくらいされるのでしょうか。
古澤:制作メモをつくり、できうる限りの事前準備を行います。まずはゲームの『ポケットモンスター』シリーズのポケモン図鑑の説明文を読んで、気になったキーワードをピックアップします。ウインディの場合は、「ものすごい スピードで はしるという」や「とぶように かろやかに はしる」などを紙に鉛筆で書き出していきます。
次に、実際にゲームの『ポケットモンスター』シリーズを遊んでいるユーザーの皆さんの想いを反映させるために、ウインディが使うワザや特性、隠れ特性なども書き出します。進化させる方法も大切ですね。ゲームやTVアニメ「ポケットモンスター」の作品の中で、ウインディと一緒に冒険しているポケモントレーナーや登場人物も調べます。
―――古澤さんの制作メモには、いわゆるマインドマップのような書き込みがありますね。
古澤:そうですね。中央に「ウインディ」と書き、その周りにリサーチで出てきたキーワードをどんどん書いていきます。そして、そこからさらに連想されるキーワードを追加していきます。このように、ウインディを表すキーワードを書き連ねる作業を進めながら、自分はウインディにどのような想いを抱いているのだろうか? ウインディをどうカッコよく演出しようか? と深掘りしていきます。この作業を経て、今回は「雲海を飛ぶように走る」と「山頂に立つ」というウインディにふさわしいシチュエーションを2つ着想できました。
―――ウインディの下調べに加え、ウインディが生き生きとするシチュエーションや舞台の選定を行っているのですね。
古澤:僕は具象背景のイラストを描くことが多いので、ポケモンがどういった状況にいるのかしっかり考えるようにしています。
(※具象背景:山や森のような、具体的な対象を描いた背景)
―――制作メモには、ウインディのベーシックなイラストも描いていますね。
古澤:左側のイラストは公式イラストを最初に模写したものになります。右側の落書きのようなスケッチは、模写の後にウインディを構成している図形をどこまで簡略化できるか試している絵です。一度シンプルにして「ウインディの体全体はすごくトゲトゲしているけれど、尻尾は丸い」のようなことが掴めてくると、「尻尾の丸いカーブをイラストのどこに置くか」といった構図が考えやすくなります。
STEP2. ラフ作成~ラフ監修
―――ラフを2パターン制作されている理由は?
古澤:制作メモをつくる工程で、ウインディのイラストのコンセプトが2パターンできたので、両方ともラフ案にしてみました。A案(画像左)は、ウインディが雲海を走っているところをラフ案に起こしたものです。B案(画像右)は、「山頂に立つ」というコンセプトから発展して、背景の山を際立たせてウインディの威厳がより感じられるように描いたラフ案です。
左側が雲海を走るウインディを描いたA案。
右側が山を背にした威厳あるウインディのB案。
検討の結果、右側の案が採用された。
―――B案は、背景の山がとても印象的ですね。
古澤:夕焼けが山肌に反射して山が赤く見える現象を、登山用語でアーベントロートと言うそうです。とてもカッコいい現象ですし、真っ赤な色合いが、ほのおタイプのウインディにふさわしい、と感じて採り入れました。
―――「ラフ作成」で特に気をつけていることを教えてください。
古澤:ポケモンカードゲームのイラスト制作では、ラフの時点で一度監修が入ります。ですので、ラフの時点から丁寧に描いていきますが、先程の制作メモの段階で構図を決定していることによって、時間をかけずに描くことが出来ます。
制作メモに描かれた構図案。配置だけでなく、陰影の置き方もここで検討している。
―――ラフやイラストを作成する際に使用されている画材や機材、道具について教えてください。
古澤:イラスト・マンガ制作アプリのCLIP STUDIO PAINTを使用しています。仕上げにAdobe Photoshopを使うこともありますが、作業の九割九分はCLIP STUDIO PAINTです。
―――イラストの監修はクリーチャーズと株式会社ポケモンの2社で行います。ポケモンやポケモンカードゲームらしさを出すうえで、どのようなフィードバックやアドバイスがあるのですか。
古澤:フィードバックは、ポケモンの形や色の修正指示がメインです。大きさや形状を誤解している部分や認識の違いに対して、具体的な修正依頼が届きます。ウインディのイラストの修正依頼で印象深かったのは、「背景の山がテンガン山や富士山などの特定の山に見えてしまうので、山脈のイメージでお願いします」というポケモンの世界観にマッチしたご指摘でした。
(※テンガン山:『ポケットモンスター ブリリアントダイヤモンド・シャイニングパール』などに登場する広大な山)
―――修正は神経を使う大変な作業ですよね。
古澤:大変……ではなくて、けっこう楽しいです(笑)。僕がポケモンカードゲームのイラストに携わり始めた頃は、ポケモンを描いても、全然ポケモンらしくならなくて苦労しました。ところが、いただいた指示通りに直すと、ちゃんとそのポケモンらしくなるのです。「ああ! ちゃんとピカチュウになった!」って(笑)。少し直しただけで印象が変わって、それぞれのパーツの大きさのバランスにも意味があることを実感するので、「ポケモンのデザインはやっぱりすごい!」と感服しながら、修正作業をしています。いつも勉強になっています。
STEP3. 清書作成~清書監修
―――「清書」はどのように行っていますか。
古澤:監修まで終わった段階で、問題はすべて解決しているので、あとはひたすら描くだけです。一番気楽な工程かもしれません。
―――清書の際に、心がけていることはありますか。
古澤:ポケモンの造形は比較的シンプルだと思っています。特に『ポケットモンスター 赤・緑』から登場していた151種類のポケモンは、構成されているパーツ数が多くはないので、「ここの先端はスッと抜けるように描いた方がいいか」「ここの影はぼかした方がいいか」といったことを考えながら大切に描くようにしています。
―――背景は何を心がけて、どのように描かれていますか。
古澤:背景は、ポケモンよりも描き込みをはるかに多くして、密度感を持たせています。ポケモン自体がシンプルなので、密度感のある背景と対比になるように意識しています。
また、僕はいつも「ポケモンは実際にいるのだぞ感」を出したいと考えているので、背景は写実性を感じられるように細密に描いていることが多いです。
ただし、背景の密度感は、イラストの方向性によって変化をつけています。モルペコのカードイラストでは可愛い作風なので、カラフルな草や丸い木を描きつつ、背景の描き込みを抑えています。ムクホークでは、背景のデフォルメ度合いを低くして、カッコいい木々を描いています。このように、背景はイラストの内容に合わせて、柔軟に描き分けています。
「モルペコ」Illus. Atsushi Furusawa
ポケモンカードフレンドリィショップ限定キャンペーン(2020年11月実施)
「ムクホーク」Illus. Atsushi Furusawa
ポケモンカードゲーム スカーレット&バイオレット 拡張パック「スカーレットex」収録
―――エフェクトや調整といった仕上げは、どのように作業されていますか。
古澤:僕は、写実性を重視した背景との相性を考え、エフェクトを強調した絵をあまり描いていません。エフェクトを描く場合は、雪が降っていたり、空から雷が落ちていたりと、必ずそのエフェクトが発生している理由を考えたうえで、描くようにしています。例えばラプラスのカードイラストのようにワザを使っているイラストは、エフェクトを描いていますね。
そうはいっても派手さが欲しいときがあるので、ストリンダーのカードイラストに描いたように、演出や雰囲気づくりとして、煙はよく使うかもしれません。
「ラプラス」Illus. Atsushi Furusawa
ポケモンカードゲーム ソード&シールド 拡張パック「白銀のランス」収録
「ストリンダー」Illus. Atsushi Furusawa
ポケモンカードゲーム スカーレット&バイオレット 拡張パック「バイオレットex」収録
清書の後にもう一度監修が入り、細かい部分までポケモンらしくなるように仕上げていく。
STEP4. 完成!
―――イラストが完成したときの達成感について教えてください。
古澤:仕事でイラストを描かれている人には共感していただけると思うのですが、描き上げたときの感情は、もっぱら不安です(笑)。「これでいいのだろうか? ユーザーの皆さんに喜んでもらえるのだろうか?」と。
僕は締め切り当日に描き上げることはありません。締め切りの数日前にいったん完成させて、しばらく寝かせつつ、たびたび見直します。そうやって微調整をくり返して、「もうこれ以上できることはない!」という気持ちに至ったら、クリーチャーズさんへ提出します。
達成感を感じるのは、やはりユーザーの皆さんの感想を見たときです。達成感というより、安堵感という言葉が近いですね。それでも、作品ごとに後で見返して「もっとこうしたほうが良かったのではないか」といった反省はノートにつけています。
―――担当されたカードが封入された新弾の発売日は、 SNSをご覧になりますか。
古澤:見ます、見ます、超見ます!(笑)。やはり、喜んでくださっているユーザーの皆さまの感想を目にすることが、一番の喜びですね。様々な感想を見て初めて、「描いていてよかった」という気持ちになれます。ポケモンは、1種類のポケモンごとに大勢のファンがいるので、ファンの方たちに喜んでいただけたら、本当にうれしいです。
最後に
―――「Pokémon Trading Card Game イラストレーションコンテスト 2024」への応募を考えていらっしゃる皆さんへ、エールをお送りください。
古澤:「Pokémon Trading Card Game イラストレーションコンテスト」は、4回目の開催(編集注:日本のみ開催の「ポケモンカードゲーム イラストグランプリ」を含む)です。応募者の皆さんは、過去のコンテストの受賞作品をご覧になっていると思います。そのため、応募前の心理的なハードルが非常に上がっているはずです。不安に思ってしまう人もいるかもしれません。けれども、「過去の受賞作がこういう表現をしていたから、応募作もそれにならわなくてはいけない」などということはありません。
大勢の人たちが同じモチーフでイラストを描く機会は、とても貴重です。応募すれば、確実に得るものがあります。参加そのものが学びの機会になりますので、作品を本気で仕上げて、応募してほしいです。頑張って、応募フォームへ投稿しましょう!
構成・文:元宮秀介(ワンナップ) 撮影:山本佳代子